7日目

講義:「地域資源を活用して持続可能な取組へ」

日時:2025年10月18日  14:00~17:00

会場:シリコンバー

「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界文化遺産に登録され、20年が経ちました。
この20年の間に地域がどのように変化していったのか、今後も持続可能な観光を続けていくためには、地域はどうすればよいのか、また、熊野の山を守り、次代へと繋ぐことに企業がどのように関わることができるのかを考える機会となりました。

■世界に開かれた持続可能な観光地を目指して
 ~熊野古道からKUMANO KODOへ~

田辺市熊野ツーリズムビューロー会長 多田 稔子 氏

田辺市熊野ツーリズムビューロー(以下「ビューロー」)は、世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を核とした観光振興を目的に、官民協働の観光プロモーション団体として設立し、地域側の観光客の受入れ体制整備を図るとともに、着地型旅行業に着手、令和4年度には観光庁の先駆的DMO(Aタイプ)に選定されるなど、国内外から高い評価を得ています。

受け入れ体制の整備とプロモーション

ビューローでは、持続可能で質の高い観光地「田辺市」を目指すために、観光戦略について、次の基本スタンスを掲げています。

・「ブーム」より「ルーツ」
・「乱開発」より「保全・保存」
・「マス」より「個人」
・「インパクト」を求めず「ローインパクト」で
・世界に開かれた「上質な観光地」に(インバウンドの推進)

こういった基本スタンスのもと、ターゲットを目的意識の高い欧米豪のFIT(個人旅行客)に定めました。

そして、インバウンド推進にむけて、本宮町で外国語指導助手(ALT)をしていたブラッド・トウル氏を迎え入れ「外国人の視点」による受入体制の整備・強化に取り組んでいきました。(看板やガイドマップのローマ字併記、情報収集と整理、ワークショップ等)

また、情報発信や現地のレベルアップ、情報の収集や整理を継続させるなか、2008年からもう1つの道の世界遺産であるサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼道との共同プロモーションを開始し、多くの共通巡礼者(両巡礼道を歩いた方)が誕生しています。

こういったビューローの活動によって熊野古道の認知度が高まり、田辺市を訪れる外国人も増加してくる中で、ビューローは次の一手として着地型旅行事業に着手し、ワンストップ窓口として地元事業者と外国人観光客の間に入ることによって、「言葉」と「決済(支払い)」に対する不安を解消しました。

こうして地道な活動を行っていく中で、地域に少しずつ変化が起こり、外国人を受け入れるための地域全体のシステムができたことが、今もなお田辺市を訪れる外国人観光客が増え続けている大きな要因であると言えます。

コロナ禍の経験とその後の展開

業績も年々右肩上がりに伸びていたのですが、コロナ禍で旅行業の大部分を占めていたインバウンドが停止し、大きな影響を受けました。

しかし、この苦い経験を教訓に、インバウンド需要だけではなく、国内需要の拡大にも力を入れました。具体的には、「森林環境学習プログラム」の構築や「インタープリター」の育成を行い、田辺市内の小学校との連携が展開しています。また、企業向け研修の構築も進めており、熊野古道をはじめとした熊野のフィールドを十二分に活用したプログラム開発が進んでいます。

さらに、市街地への宿泊客増加を目指した、市街地活性化事業をまちづくり会社と協働実施しています。

かつて熊野詣の際に行われていた海水で身を清める儀式「潮垢離」にスポットを当て、田辺湾岸エリアを中心とした観光・まちづくりに繋げるための「シオゴリプロジェクト」を立ち上げ、そのランドマークタワーとなるシオゴリモニュメントを扇ヶ浜に設置。

扇ヶ浜を舞台とした各種イベントの開催や、駅周辺のナイトツアー冊子を作成する等、新たな魅力(価値)の創造に向けた取組にも力を入れています。

こういった新たな取組を行う中、インバウンドの復活も相まって2023年度よりビューローの業績もV字回復し、2024年度における着地型旅行事業の売上高は11億3000万を超えました(過去最大)。また、この売上の97.7%は地域に支払われており、地域経済に大きな好影響を与えています。

終わりに

田辺市熊野ツーリズムビューローでは、「持続可能な観光地」をつくるために以下の3つのRを大切にしています。

Responsible(責任)
・観光が地域に与える影響に対し、責任を取るという覚悟で取り組む。

Respect(尊敬)
・事業者、観光客を尊敬するとともに、熊野という地域を尊敬してくれる方に届くプロモーションを心掛ける。

Reality(現実)
・持続可能性を高めるために経済効果を期待できる取組を実施する。

これらの「3つのR」を大事にし、田辺市を訪れる人と受け入れる地元の人、誰もが笑顔になれる観光地を目指し、熊野古道をはじめとする地域資源の保全、活用といった基本の考え方を大事にしながらも、時代の変化に適応した新たな取組にも積極的にチャレンジしています。こうした姿勢が「持続可能な観光地」をつくっていく上で重要になる、そう感じる講義となりました。

■MODRINAE

株式会社ソマノベース 代表取締役 奥川 季花 氏

奥川さんは、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町出身で、2011年に発生した紀伊半島大水害にて自身が被災し、さらに友人を亡くしたことがきっかけとなり、地元和歌山の災害を減少させる取組がしたいと考えるようになりました。そして、大学、就職といった学びの期間を経て、防災に関連する事業の立上げを決意、心地よい関わりの先に災害のない未来を目指して、2021年に「ソマノベース」を創業しました。

ソマノベースは、「土砂災害による人的被害をゼロにする」ことを目指し、林業界内外の皆さんとともに、土砂災害が起こりにくい森づくりの一環として「MODRINAE(戻り苗)」というプロジェクトを実施しています。

「MODRINAE」は、植林用の苗木を個人や企業が自宅やオフィスで育て、それを山に戻すという体験型観葉植物育成サービスです。育苗期間中はLINE等を利用した育苗相談ができ、苗木を山に戻す際にはツアー等の企画も実施しており、このプロジェクトはSDGsに取り組む企業の参加も多く、現在導入企業は108社に達しています。

また、苗木に使用するどんぐりは熊野古道沿いに設置した「どんぐりボックス」を通じて集められます。この仕組みにより、地域住民や観光客が気軽に森づくりに関わることができ、地域との繋がりが深まることを目指しています。

ソマノベースは「MODRINAE」を入口として、合同植樹祭やセミナーの開催、森林プログラムの共同開発など、多彩な事業を展開しています。これにより、森づくりや田辺市への関わりを深めたいと考える関係人口の創出に取り組んでいます。

さらに、新規事業として「Kimmitz」というオンラインプラットフォームの運営も行っています。これにより森林と企業をつなぐ共創の場を構築し、森林業界の課題解決に取り組みたいプレイヤーを増やし、山に関わる多様な方法を生み出すことを目指しています。

森林業界は多くの課題を抱えており、それら一つひとつを解決していくことが、健全な森林管理、防災へと繋がっていきます。誰もが関わりやすい取組を入口とし、森林業界の課題解決に取り組む奥川さんの講義は、「かかわりしろ」について深く考える機会となりました。

■受講風景

■総評

熊本大学副学長・研究開発戦略本部 地域連携戦略部門長 金岡省吾 教授