9日目

講義:ケーススタディ 地元事例を知る・バリューチェーン、サプライチェーン

日時:2024年11月16日  14:00~17:00

会場:田辺市役所1階 多目的ホール

9日目の講義は、㈱たがみ 田上雅人氏、太田商店(太田うなぎ店) 太田有哉氏、Restaurant Caravansarai 更井亮介氏を講師に迎え、それぞれの実践事例から “バリューチェーン(価値の連鎖)” “サプライチェーン(供給の連鎖)” について学びました。

事業者同士がそれぞれの強みを活かしながら、互いに繋がることで価値が高まる。
一人では解決し難いことも、互いの強みを活かして解決していく。
地方で生き残っていくには繋がりが大切であると改めて感じる講義となりました。

■講義①「熊野米プロジェクト~米屋の挑戦~」

講師 (株)たがみ 代表取締役 田上雅人 氏

田上さんから、昭和19年から続く米屋が自ら農業に参入し、地域の「食」と「食文化」を守る「熊野米プロジェクト」を立ち上げ、実践されているお話をうかがいました。

田上さんの本業である米穀販売業では、かつて米屋で米を購入する割合が93%であったものが、1995年の食糧法(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律)施行により、米の小売業への新規参入や生産農家が直接消費者へ販売することも可能とする大幅な緩和政策が実施されたため、2014年には14%にまで減少しました。さらには、高齢化や人口減少に伴う担い手不足等により、地域の米農家の減少、作付面積や生産量も減少し、そのため、めはり寿司やさんま寿司等の「地域の食文化」の伝承も途切れていってしまうのではないかという危機感がありました。

こうした中、田上さんは「米屋が生き残るには新しい価値が必要」(自社課題)と考え、「地域の米農家減少、耕作放棄地の増加、地域の食文化の消滅」(地域課題)の解決も目指した、「熊野米プロジェクト」を立ち上げました。

田上さんは和歌山県農業試験場と連携し、地域の特性にあった品種「ヒカリ新世紀」をプロジェクトに採用。また、梅の加工過程で発生する、調味廃液を水田雑草管理に利用する取組や、調味汚泥に梅の種、木の皮、食物残渣を混合させた堆肥を使用する取組等の地域産品である「梅」を活かした地域循環型農業に取り組むことを決め、プロジェクトに賛同してくれる農家を一軒一軒探し回り、徐々に契約農家を増やすと共に、自らが農業参入し、「ここでしかできない米づくり」を実践していきました。

しかし、開始当初は米屋が米を作るということがなかなか農家の理解を得られないところもあり、いろいろと苦労もあったとのことですが、粘り強く続けることで、次第に賛同してくれる農家が増え、今では地域に必要とされるよう存在となりました。

こうした生産農家をはじめ、田辺商工会議所や関係機関等との連携による「熊野米プロジェクト」は、国(農林水産省、経済産業省)の農商工等連携事業の認定を受けました。

現在では、地域循環型の栽培方法にのみならず、今後の米づくりの参考とするための圃場の環境データを蓄積するシステムの導入や、収穫しながら収量や米の成分量をデータ化するコンバインの導入、スマートグラスを利用した遠隔農業の研究といった「スマート農業」にも挑戦されています。

「安売りは一切しない。そうすればブランド価値が下がり、そのしわ寄せが農家に行き、結果的に地域を守ることができなくなる」

こうした強い思いから田上さんは、「熊野米」のストーリーを伝えるため、ホームページでの情報発信とともに、数ある商品の中から手に取ってもらえる商品を目指し、繋がりのあったパリ在住のデザイナーに依頼して、米のパッケージらしくない斬新なデザインを完成させ、商標登録も受けました。さらに、熊野米の販売だけでなく、これを原料とした米粉パンやリゾットなど、非常食としてのマーケットを意識した新たな商品の開発や、和歌山県内の様々な事業者が集まる商談会等へ参加する際には、市内の高校生から参加希望者を募り同行させることで、将来の地域の担い手である高校生たちに地域の魅力を伝えていく取組も実践されています。

これまで取り組んできた「熊野米プロジェクト」では、

  • 生産農家から通常の米よりも高く、一定の価格で買い取る仕組を作ったことで、農家所得の向上、担い手(Uターン)の増加に寄与
  • 賛同する農家が増え、熊野米の作付面積が増加
    H23:274a → R2:35ha(内、15haは自社栽培)
  • 核家族化や多忙なライフスタイルに対応したことで売上が向上
    熊野米の小分け化(300g)、米粉パン、熊野米リゾットの商品化
  • こうした熊野米プロジェクトの取組が広く認知される
    フードアクションニッポンアワード2013、2014入賞
    近畿農政局「ディスカバー農村漁村(むら)の宝」に選定
  • その他メディア等で多数取り上げられる

以上のような成果が出てきているとのお話でした。

また、「熊野米プロジェクト」以外にも、たなべ未来創造塾の講師をはじめ、酒屋の堀さん(1期生)が作られている熊野米を使った日本酒「交(こう)」と熊野米の共同PRや、林業を営む中川さん(2期生)とおいしい米づくりに必要な水を育む熊野の森を守るための苗木の育成、植樹というSDGsの実践、企業のワーケーションやボーイスカウト、また、田辺市が実施するたなコトアカデミー等における農業体験や自然体験のフィールドとして水田を開放することで、関係人口の創出にも寄与されるなど多岐にわたる活動を続けられています。

近年では、田上さん自身もファンであった市内の人気カレー店がコロナ禍の影響やオーナーの高齢化もあって閉店することになった際、自らが事業継承をし、生産→加工→卸売業→サービス と独自のバリューチェーンを構築、そして、熊野米の海外輸出といった販路開拓等、新たな価値を創造し続けています。

最後に次のメッセージを9期生に送り、講義を締めくくりました。

  • 「失敗を失敗と捉えない」 やり続ける限りは失敗ではなく、いつか必ず成功する。
  • 「人がつながることで新しい価値が生み出される」 自分ひとりでは出来ないことも、人の繋がりの中で実現出来る。繋がることで摩擦が生れ研磨される。
  • 「思考は行動を変える」 頭で考えたことは必ず出来る。声に出して人に話すことで、自分の発言を一番近くで聞いている自分自身のためになる。話す度に初心に立ち返って取り組むことが出来る。

■講義②「鰻と梅の仲直りプロジェクト」

講師 太田商店(太田うなぎ店) 太田有哉 氏(3期生)

太田さんは、市内の高校を卒業後に大阪の調理師専門学校へ進学しました。その後、約10年間、大阪で日本料理店の料理人や鰻問屋での鰻の調理、百貨店での販売やテナントの店長などを経験し、故郷田辺に戻り、89年続く家業の持ち帰り専門の鰻屋「太田商店(太田うなぎ店)」の4代目となりました。

ところが、年々、全国的に鰻の稚魚であるシラスウナギの漁獲量が激減していることから、原価はここ10年で倍以上となり、以前は1,500円であった蒲焼の販売価格を3,000円以上で販売してもかつてほどの利益が出ない厳しい状態に。このまま鰻屋を続けるべきか、何度も家族会議を重ねたそうです。そんな中、たなべ未来創造塾に出会い、何か新しいチャレンジのきっかけになればとの思いから3期生として参加しました。

「地域課題がビジネスチャンス」

講義の中で、太田さんは田辺の特産である南高梅に着目し、自社の強みである鰻と掛け合わせることが出来ないかと考え、江戸時代から全国的に言われている鰻と梅は食べ合わせが悪いという迷信を逆手に取り、「鰻と梅の仲直りプロジェクト」を検討していきました。

先ず鰻と梅の課題を洗い出し比較してみることにしました。

鰻…価格高騰、若者の鰻ばなれ、毎年の原価変動、特産品ではない…

梅…若者の梅ばなれ、毎年の原価変動、特に形や傷などで大きく価格が下がる…

こうして比較することで、共通する課題が多いことが分かり、これらを共に解決することの出来る商品「紀州南高梅ひつまぶし」を開発しました。

この商品のポイントは、品質は同じでも傷があるというだけで規格外となってしまう梅を適正な価格で仕入れることで梅の課題を解決しつつ、鰻屋としては、特産ではない鰻が、特産である紀州南高梅とのコラボにより全国区のブランド力を付加することで販路拡大を狙うと共に、商品パッケージをポップなものにし、若者に注目されやすくすることで、双方の課題である若者離れの解決を試みました。

そして「鰻と梅の仲直り」という迷信を逆手に取ったストーリー性も相まって、地元紙をはじめ各種メディアでも多数取り上げられ、この商品は令和元年度のプレミア和歌山特別賞(最高賞)を受賞しました。

また、たなべ未来創造塾2期生の野久保さん(農家)と協力し、鰻を捌いた際に出る骨を利用した肥料を畑で活用してもらい、逆に梅の選定枝をチップとして利用した鰻の燻製を作成し、お互いの廃材を活用・地域循環させる取組や、たなべ未来創造塾7期生の堀部さん(炭焼き職人)と協力し、紀州備長炭の製炭課程で出る灰を使った鰻の灰干しを開発・販売等、地域課題解決に向けた新規コラボ商品の開発を続けられています。

こういった活動の成果もあり、今では主力商品である「鰻の蒲焼」の売上も向上し、企業利益にも結び付いているといいます。

「地域課題は地域資源」

太田さん曰く「文化や特産品にはストーリーがあり、地域課題を解決することでもストーリーが生まれてくる。このように考えると地域課題も地域資源であり、地域課題の数だけビジネスチャンスは生まれると思う。」

私たちの周りにたくさんある地域課題ですが、それらの中には多くのビジネスチャンスが眠っているのではないでしょうか。

■講義③「シェフが創る地域の循環~地域の調理方法と未来設計~」

講師 Restaurant Caravansarai 更井亮介 氏(4期生)

更井さんは、市内の高校を卒業後、料理人を目指して調理師専門学校へ進学。卒業後、帝国ホテル大阪のシェフとなりました。

その後、もっと素材本来の味に向き合う料理を作りたいとの思いから、長野県のフランス料理店に転職。生産者との繋がりの中で日々腕を磨き、2018年度の全国ジビエ料理コンテストで最優秀賞を受賞するなど、素晴らしいキャリアを積んできました。

更井さんには、20歳の頃から大切にしている言葉があります。フランス人料理人フェルナン・ポワンの名言「若者よ故郷へ帰れ。そしてその町の市場へ行き、その故郷の人のために料理を作りなさい。」という言葉です。

この言葉にあるように、更井さんもいつかは故郷に帰り、故郷の食材で故郷の人たちに料理を振舞いたいと考えていたことから、28歳で故郷である田辺市に帰る決意をしました。

帰郷後は、たなべ未来創造塾1期生の中村さん(工務店)や横田さん(建材店)との出会いから、ちょうどシェフを探していた the CUE(ゲストハウス・シェアハウス・カフェ&バー)で一年半ほど腕を振るいながら、the CUEジビエバーガーを開発する等、地域食材を活かした新たな料理を手掛けてきました。

その後、たなべ未来創造塾4期生として参加し、修了式を迎えた直後の令和2年3月には50年前に祖父が建てた梅蔵をリノベーションし、農村地域である上芳養地区についに「Restaurant Caravansarai」をオープンさせました。

「Restaurant Caravansarai」では、たなべ未来創造塾1期生の岡本さん(農業)が代表をつとめる㈱日向屋やひなたの杜(ジビエ処理施設)と連携し、地元食材を活用したジビエ料理を提供する傍ら、更井さんがホテル料理人であった頃から業界課題として考えていた、生ごみの有効利用の一環として堆肥化(コンポスト)に取り組んでおり、出来上がった堆肥は、㈱日向屋が管理する畑に戻し、その畑の食材をレストランで提供する地域循環型の取組を実施されています。

こうした取組が評価されたこともあり、「ミシュランガイド京都・大阪+和歌山2022」に掲載されるとともに、ビブグルマン(価格以上の満足感が得られる料理)とミシュラングリーンスター(持続可能な取組を評価)を獲得されました。また、地元田辺市上芳養をはじめ、県内の小中高校へのジビエ活用による食育の授業などを通して、2020年度和歌山県食育推進協議会食育表彰を受賞されており、地元紙をはじめとしたメディアにも取り上げられる機会も多く、レストランの売り上げも好調であるといいます。

更井さんは、「人口減少」という大きな課題を解決することは出来なくても、身近にある小さな困りごとを解決していきたいと考え、自分の強みであるレストラン経営を軸としながら、農繁期の梅農家の家事負担軽減のために空き家を活用した弁当販売を始めたり、梅雨時期に洗濯ものが乾かないという困りごとを抱える農家がいることに着目し、たなべ未来創造塾4期生でガス屋の鈴木さんと協力し、コインランドリーを設置、また、新型コロナが流行した時には大きな影響を受けている“酒屋”を守りたいと、たなべ未来創造塾1期生の堀さんとコラボし、日本酒「交」付きオードブルを販売したりするなど、地域から必要とされるサービスを次々に提供してきました。

また、最近では廃棄されている梅の種を活用した「梅仁(うめにん)豆腐」を開発し、更なる地域循環型の取組を実施されています。

「地域の困りごとを解決することで、地域から必要とされる、従来のシェフの枠組みを超えた存在へ」

自身の価値、自身の職業の価値、自身の企業の価値、これらを深掘りしていくことで自身が解決出来る地域課題が見つかっていったといいます。

自身の軸を分析し、少し手を伸ばしたところにある地域課題を解決し続けていく更井さんの姿は、私たちが想像するシェフの姿とは異なり、シェフという枠組みを超えた存在であると感じる講義となりました。

地域で活躍される講師の皆さんの話は、9期生にも刺激と気付きが多い講義となりました。

修了式まで3カ月切り、次回が最後の座学となります。9期生は、たなべ未来創造塾にどのような“繋がり”をみせてくれるのでしょうか。

■講義の様子とグループディスカッション