8日目

8日目は実践事例“バリューチェーン(価値の連鎖)”について

日時:2023年11月04日  14:00~17:00

会場:南方熊楠顕彰館 1階 学習室

8日目の講義は、㈱たがみ 田上雅人氏、太田商店(太田うなぎ店) 太田有哉氏、Restaurant Caravansarai 更井亮介氏を講師に迎え、それぞれの実践事例から“バリューチェーン(価値の連鎖)”について学びました。

事業者同士がそれぞれの強みを活かしながら、互いに繋がることで価値が高まる。
一人では解決し難いことも、繋がりを持つことで乗り越えることが出来る。
各講師の講義から、8期生一人ひとりが“繋がりの大切さ”を改めて感じることが出来た、そのような講義となりました。

■講義① 「熊野米プロジェクト~米屋の挑戦~」

講師 (株)たがみ 代表取締役 田上雅人 氏

田上さんから、昭和19年から続く米屋が自ら農業に参入し、地域の「食」と「食文化」を守る「熊野米プロジェクト」を立ち上げ、実践されているお話をうかがいました。

田上さんの本業である米穀販売業では、かつて米屋で米を購入する割合が93%であったものが、1995年の食糧法(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律)施行により、米の小売業への新規参入や生産農家が直接消費者へ販売することも可能とする大幅な緩和政策が実施されたため、2014年には14%にまで減少することに。さらには、高齢化や人口減少に伴う担い手不足等により米農家の減少、作付面積や生産量も減少する中で、田上さんは「このままでは米屋を続けらないどころか、めはり寿司やさんま寿司などの和歌山の食文化までもが無くなってしまうのではないか」という危機感がありました。

こうした中、田上さんは地元産の米をブランド化することで、地域の「食文化」と「農業」を守り、かつ、そのブランド米が自社の「新しい武器」となるのではと考え、「熊野米プロジェクト」を立ち上げました。

田上さんは先ず和歌山県農業試験場と連携し、地域の特性にあった品種「ヒカリ新世紀」をプロジェクトに採用。その後、取組に賛同してくれる農家を一軒一軒探して回ったという田上さん。プロジェクトをスタートさせた頃は、米屋が米を作るということがなかなか農家の理解を得られないところもあり、いろいろと苦労もあったとのことですが、粘り強く続けることで、次第に賛同してくれる農家が増え、今では自身も休耕田を借り受けて本格的に農業参入しています。

また、この地域でしか出来ない米づくりをという思いから、梅の加工の際に発生し、廃棄されるだけの調味廃液を水田に施用することで雑草の発生を抑制し、結果、除草剤使用の軽減に繋げる取組や、調味汚泥に梅の種、木の皮、食物残渣を混合させた堆肥を使用する取組は、田辺の特産である「梅」を活かした地域循環型の農業として実践されています。こうした生産農家をはじめ、田辺商工会議所や関係機関等との連携による「熊野米プロジェクト」の取組は、国(農林水産省、経済産業省)の農商工等連携事業の認定を受けました。そして現在では、こうした循環型の栽培方法に止まらず、今後の米づくりの参考とするための圃場の環境データを蓄積するシステムの導入や、収穫しながら収量や米の成分量をデータ化するコンバインの導入といった新しい農業のスタイルである「スマート農業」にも挑戦されています。

「協力してくれた農家と共に一生懸命に作った米を安く販売したくない」

こうした思いから田上さんは、「熊野米」のストーリーを伝えるため、ホームページでの情報発信とともに、数ある商品の中から手に取ってもらえる商品を目指し、繋がりのあったパリ在住のデザイナーに依頼して、米のパッケージらしくない斬新なデザインを完成させ、商標登録も受けました。さらに、熊野米の販売だけでなく、これを原料とした米粉パンやリゾットなど、非常食としてのマーケットを意識した新たな商品の開発のほか、和歌山県内の様々な事業者が集まる商談会等へ参加する際には、市内の高校生から参加希望者を募り同行させることで、将来の地域の担い手である高校生たちに地域の魅力を伝えていく取組も実践されています。

これまで取り組んできた「熊野米プロジェクト」では、

  • 生産農家から通常の米よりも高く、一定の価格で買い取る仕組を作ったことで、農家所得の向上、担い手(Uターン)の増加に寄与
  • 賛同する農家が増え、熊野米の作付面積が増加
    H23:274a → R2:35ha(内、15haは自社栽培)
  • 核家族化や多忙なライフスタイルに対応したことで売上が向上
    熊野米の小分けサイズ(300g)、米粉パン、熊野米リゾットの商品化
  • こうした熊野米プロジェクトの取組が広く認知される
    フードアクションニッポンアワード2013、2014入賞
    近畿農政局「ディスカバー農村漁村(むら)の宝」に選定
    その他メディア等で多数取り上げられる

以上のような成果が出てきているとのお話でした。

また、たなべ未来創造塾で出会った酒屋の堀さん(1期生)が、熊野米を使った日本酒「交(こう)」を作られたことを引き合いに出して、塾で出会ったメンバーが新しい価値を生み出していく、そんな展開がたくさん生まれればもっともっと田辺は面白くなると話されました。田上さんは、この他にも、林業を営む中川さん(たなべ未来創造塾2期生)とおいしい米づくりに必要な水を育む熊野の森を守るための苗木の育成、植樹という正にSDGsの実践や、企業のワーケーションやボーイスカウト、また、田辺市が実施するたなコトアカデミー等における農業体験や自然体験のフィールドとして水田を開放することで、関係人口の創出にも寄与されるなど活動は多岐に渡っています。

最近では、市内の人気カレー店がコロナ禍の影響やオーナーの高齢化もあって閉店することになった際、田上さん自身も大好きなカレーの味が無くなってしまうのはもったいない、この味を守りたいという思いから、自らが事業継承しました。人口減少や経営者の高齢化により、地域の事業者の事業継承に対するニーズが高まっていますが、田上さんは率先してこれに挑戦されているということです。

(株)たがみの経営理念は、未来につなげる『米づくり・人づくり・町づくり』

自社が何を目指し、何のために事業をするのか、その考えをしっかりと掲げブレずに取り組んでいくことが重要だと話されました。

そして、最後に次のメッセージを8期生に送り、講義を締めくくりました。

  • 失敗を失敗と捉えない。やり続ける限りは失敗ではなく、いつか必ず成功する。
  • 人がつながることで新しい価値が生み出される。自分ひとりでは出来ないことも、人の繋がりの中で実現出来る。人のバリューチェーンを作ろう。
  • 思考は行動を変える。頭で考えたことは必ず出来る。そして声に出して、人に話すことが大切。自分の発言を一番近くで聞いているのは自分自身。話す度に初心に立ち返って取り組むことが出来る。

■講義② 「鰻と梅の仲直りプロジェクト」

講師 太田商店(太田うなぎ店) 太田 有哉 氏(3期生)

太田さんは、昔から料理が好きだったことから、市内の高校を卒業後に大阪の調理師専門学校へに進学しました。その後、およそ10年間、大阪で日本料理店の料理人や鰻問屋での鰻の調理、百貨店での販売やテナントの店長などを経験し、故郷田辺に戻り、87年続く家業の持ち帰り専門の鰻屋「太田商店(太田うなぎ店)」の4代目となりました。

ところが、全国的に年々鰻の稚魚であるシラスウナギの漁獲量が激減していることから、原価はここ10年で倍以上となり、以前は1,500円であった蒲焼の販売価格を3,000円以上で販売してもかつてほどの利益が出ない厳しい状態に。このまま鰻屋を続けるべきか悩んでいた時にたなべ未来創造塾に出会い、何か新しいチャレンジのきっかけになればとの思いから3期生として参加しました。

「地域の課題にこそ、ビジネスチャンスがある」

講義の中で、太田さんは田辺の特産である南高梅に着目し、自身の強みである鰻と何か掛け合わせることが出来ないかを考え、江戸時代から全国的に言われている鰻と梅は食べ合わせが悪いという迷信を逆手に取ったコラボ商品をつくれないかと考えるようになりました。

そこで太田さんは、先ず鰻と梅の課題を洗い出し比較してみることに。

鰻…課題は価格高騰、若者の鰻ばなれ、特産品ではない…。

梅…若者の梅ばなれ、毎年の原価変動、特に形や傷などで大きく価格が下がる…。

こうして比較することで、共通する課題が多いことが分かり、これらを共に解決することの出来る商品「紀州南高梅ひつまぶし」を開発しました。

この商品のポイントは、品質は同じでも傷があるというだけで規格外となってしまう梅を適正な価格で仕入れることで梅の課題を解決しつつ、鰻屋としては、特産ではない鰻が、特産である紀州南高梅とのコラボにより全国区のブランド力を付加することが出来、販路拡大に繋げることが可能になることです。そして「鰻と梅の仲直り」という迷信を逆手に取ったストーリー性も相まって、地元紙をはじめ各種メディアでも多数取り上げられ、この商品は令和頑年度のプレミア和歌山特別賞(最高賞)を受賞しました。

また、これだけにとどまらず太田さんは、鰻を捌いた際に出る骨を有効活用出来ないかと、農家でたなべ未来創造塾2期生の野久保さんと協力し、肥料として活用することに。これにより梅の栽培段階から鰻との関係性が生まれ、また、逆に梅の選定枝のチップから鰻の燻製を作成するなど、鰻と梅が仲直りしただけではなく、今ではベストパートナーとして、循環する関係性が出来上がっています。

ついつい課題を見つけてしまうという太田さん。最近では、炭焼き職人でたなべ未来創造塾7期生の堀部さんともコラボし、紀州備長炭の製炭課程で出る灰を使った鰻の灰干しを開発・販売、ここでもwin-winの関係を築いています。

講義の中で、太田さんの「地域課題を解決することでストーリーが生まれる」「地域課題は地域資源である」という、実践しているからこその力強い言葉が印象的でした。

私たちの周りにはたくさんの地域課題があります。
ですが、それら課題はビジネスチャンスに繋がる地域資源ということでしょう。
そのチャンスに如何に気付くことが出来るか、それが重要であると感じました。

■講義③ 「シェフが創る地域の循環~地域の調理方法と未来設計~」

講師 Restaurant Caravansarai 更井 亮介 氏(4期生)

更井さんは、市内の高校を卒業後、料理人を目指して調理師専門学校へ進学。その後、帝国ホテル大阪のシェフとなりました。

ホテルでの勤務を続ける中で、休日に参加した野菜の収穫体験で、普段仕事で扱っている野菜の味との違いに驚き、もっと素材本来の味に向き合う料理を作りたいとの思いから、当時、友人が務めていた縁で長野県のフランス料理店に転職。生産者との繋がりの中で日々腕を磨きながら、2018年度の全国ジビエ料理コンテストで最優秀賞を受賞するなど、素晴らしいキャリアを積んできました。

こうして長野県で活動する中、地元田辺市上芳養で鳥獣害対策やジビエの活用などに取り組んでいたたなべ未来創造塾1期生の岡本さんからの呼び掛けや、20歳の時に知り、今も大切にしているフランス人料理人フェルナン・ポワンの「若者よ故郷へ帰れ。そしてその町の市場へ行き、その故郷の人のために料理を作りなさい。」という言葉が背中を押したこともあり、28歳で故郷である田辺市上芳養に戻りました。

帰郷後は、たなべ未来創造塾1期生の中村さんや横田さんとの出会いから、ちょうどシェフを探していた the CUE(ゲストハウス・シェアハウス・カフェ&バー)で一年半ほど腕を振るいながら、ジビエバーガーなどの地域食材を活かした新たな料理を手掛けてきました。

この間、the CUEに集うたなべ未来創造塾のメンバーとのたくさんの出会いがある中で、更井さんは第4期生としてたなべ未来創造塾に参加することに。そして、修了式を迎えてすぐの令和2年3月に、地元田辺市上芳養で祖父が50年前に建てた梅の作業小屋をリノベーションしたレストラン「Restaurant Caravansarai」をオープンさせました。

しかしながらレストランのオープン直後にコロナ禍に。自身も苦しい経営の中、同じく苦境に立たされていたたなべ未来創造塾1期生で酒屋の堀さんとコラボすることで、堀さんが販売する地元産米を使った日本酒「交」をセットにしたオードブルの販売に着手します。また、少しでも農繁期の農家の助けになればと、地域内の空き家を活用した弁当配達事業や、梅の収穫期である梅雨時期に洗濯物をスムーズに乾かしたいというニーズに応えるため、たなべ未来創造塾4期生でLPガス業の鈴木さんと連携してガス式コインランドリーを整備するなど、たなべ未来創造塾の仲間との協働で、地域から必要とされるサービスを次々に展開してきました。

また、更井さんは、前述の岡本さんが代表をつとめる㈱日向屋やひなたの杜(ジビエ処理施設)との連携により、地元食材を活用したジビエ料理を提供する傍ら、レストランで出た生ごみを堆肥化(コンポスト)して畑に戻す循環型の取組を実践しています。こうした取組が評価されたこともあり、「ミシュランガイド京都・大阪+和歌山2022」に掲載されるとともに、ビブグルマン(価格以上の満足感が得られる料理)とミシュラングリーンスター(持続可能な取組を評価)を獲得。この他にも、地元田辺市上芳養をはじめ、県内の小中高校へのジビエ活用による食育の授業などを通して、2020年度和歌山県食育推進協議会食育表彰を受賞しています。

さらに、最近では、田辺の特産である南高梅の種の中にある仁を活用した「梅仁(うめにん)豆腐」を開発。食材として扱われることなく廃棄されていた素材を活用することで、新たな商品が生まれました。

更井さんは、「人口減少」という大きな課題を解決することは出来なくても、身近にある小さな困りごとも地域課題であり、自分の強みであるレストラン経営を活かして解決出来ることはたくさんあると話してくれました。

「地域の困りごとを解決することで、地域から必要とされる、従来のシェフの枠組みを超えた存在になる」

これまでも、そしてこれからも変わらないこの想いのもと、たくさんの仲間たちとの繋がりの中で自身が出来ることを着実に実践される更井さんの活躍には、今後も期待せずにはいられません。

■グループディスカッション

今回、正に身近なところで活躍されている皆さんの事例を聞くことで、8期生も大いに刺激を受けました。
バリューチェーンは単に事業の繋がりだけでなく“人の繋がり”とも言えますし、8期生同士は既に繋がりを持っています。今後、この繋がりの中から「新たな価値」が生まれることも期待したいと思います。