8日目

講義 地域事例を知る、バリューチェーン・サプライチェーン

日時:2022年10月27日  13:00~16:00

会場:南方熊楠顕彰館

市内ローカルイノベーション事例として、熊野米プロジェクトに取り組む(株)たがみの田上雅人さん、梅と鰻の仲直りプロジェクトに取り組んでいる太田商店の太田有哉さん、地域循環の視点から料理に向き合 Restaurant Caravansaraiの更井亮介さんの3名から実践事例を学びました。

今回のテーマは、「バリューチェーン」「サプライチェーン」。
強みを持つ事業者同士がつながることで価値が高まる。
一人ではできないことも、みんなで力を合わせれば可能となる。

生産から消費までの流れの中で、誰とつながると価値が高まるのか、企業と地域がwin-winの関係性をどう構築するかが重要だと言われています。
地方で生き残るためには、人とのつながりはとても大切なのだと感じさせられる講義となりました。

講義「熊野米プロジェクト~米屋の挑戦」

講師 (株)たがみ 代表取締役 田上雅人 氏

米屋が米農家になる。人口減少が進む中、米屋が生き残っていくために田上さんが出した答えでした。
和歌山県はめはり寿司やさんま寿司、鯖寿司など米文化が豊かな地域でありながら、地場産米は耕作放棄地の増加や後継者不足で生産もままならない状況となっています。

そこで、田上さんは、地元産米をブランド化することで地域の「食文化」、「農業」を守り、自社としても新しい武器になるのではないかと考え、「熊野米プロジェクト」を始動しました。
品種は、コシヒカリではなく、地域の特性にあった「ヒカリ新世紀」を採用。これまで主に廃棄されていた梅の調味廃液を田んぼに施用することで、地域課題の解決につなげるとともに、雑草が抑制、除草剤の使用が軽減されることで、安心・安全な米を消費者に提供する地域循環型の米づくりとして、地元生産農家や県農業試験場、田辺商工会議所と連携し、農商工連携の認定を受けました。

しかし、生産する農家が儲からないと米づくりは続きません。通常の米よりも高く、一定の値段で買い取る仕組みを構築。当初は農家集めに苦労されたとのことですが、徐々に賛同してくれる生産農家が増え、今では農家所得が向上するとともに、Uターン者が増えるなど担い手の確保にもつながっています。

また、田上さんは、自らも遊休農地を活用し、農業に参入。「商」から「農」へ。全国でも1~2例程度しかないケースとのこと。栽培の苦労が分かると、「一生懸命作った米を安く売りたくない」といった気持ちが芽生え、ホームページを開設し、「熊野米」の背景やストーリーを伝えるとともに、米屋以外のところにも置くことができ、手に取ってもらえる商品を目指して、パリ在住のデザイナーとコラボし、これまでの米にないデザインを完成、商標登録も取得しました。

核家族化や多忙なライフスタイルへの対応、非常食としての役割も見据え、300gの小分けサイズや米粉パン、熊野米リゾットなど新商品の開発にも力を注いでいます。
販売先は、地元ホテルや飲食店、産直店、市内外の量販店など多岐にわたり、商談会にも積極的に出向き、新たな販路開拓にも取り組んでいます。

そして、「安売りは一切しない。そうすればブランド価値が下がり、そのしわ寄せが農家に行き、結果的に地域を守ることができなくなる」という強い信念を持っているのです。
これまでの取組が評価され、フードアクションニッポンアワード入賞や各種メディアに取り上げられるなど、「熊野米」への追い風は大きく吹き始めています。

また、裏作への挑戦や、堀忠商店とコラボした日本酒プロジェクト、熊野米10周年に向けた取組なども紹介、さらに、都会に住みながら地方に関わりたいという人を対象とした連続講座「たなコトアカデミー」、高校生のフィールドワークや都市圏企業のワーケーションの受け入れなどを通じた「関係人口」の創出にも努め、活動は多岐にわたります。

こうした中、新型コロナウイルスが(株)たがみの経営にも大きな影響を及ぼしてきました。
しかし、「たなコトアカデミー」で関係人口となった都市圏住民がECサイトの立ち上げを手伝ってくれたり、ソフトバンクと連携し、スマート農業に着手するなど、これまでの田上さん人とのつながりが土台となり、ピンチをチャンスに変えようとしています。
最近では、人気のカレー店がオーナーの高齢化により閉店することとなり、老舗の味を守りたいと、米屋の田上さんがカレー店を事業承継するという新たな挑戦も紹介されました。人口減少が進む中、地域のバリューチェーン・サプライチェーンを守るため、「事業承継」の必要性が高まっています。田上さんは、こうした時代の流れを先取りして取り組んでいるのです。

(株)たがみの企業理念は、『未来につなげる「米づくり・人づくり・町づくり」』
地域とともに発展していく覚悟が込められています。
田上さんは、企業が何を目指すのか、何のために事業をするのか、それを理念として掲げることの重要性を説きました。
最後に、
・やり続ければ、いつかは成功する
・自分一人でできないことでも人とつながることで新たな価値が生まれる
・思考は行動を変える、自分の頭で考えたことは必ずできる
と自身の経験から7期生へメッセージを送り、講義を終えました。

講義 梅と鰻の仲直りプロジェクト

講師 太田商店(太田うなぎ店) 太田有哉 氏(3期生)

太田商店は、創業86年を迎える持ち帰り専門の鰻屋として、老舗の味を守り続けてきました。
しかし、鰻の稚魚が獲れなくなったことから、原価は10年前の2.5倍以上に。今後、どのような企業経営に取り組めばよいのか、大きな課題と悩みを抱え、たなべ未来創造塾への入塾を決意しました。

講義を通じて、自社の課題と地域課題を洗い出す中で、食べ合わせが悪いと言われる鰻と梅、それぞれの課題を解決する商品を開発できないかと考えるようになりました。

鰻の課題は、価格高騰、客数の減少、若者の鰻ばなれ、田辺が産地というわけではないなど。
一方、地域(梅)の課題は、形や傷で価格が下がってしまう、若者の梅ばなれ、価格変動の大きさなど。

これら両方の課題を解決するために考えたのが、「紀州南高梅ひつまぶし」。
この商品開発により、規格外の梅を適正な価格で買い取ることで梅の課題を解決しつつ、鰻屋としては、産地ではない鰻も紀州南高梅とコラボすることで、全国に販路を広げることが可能になったのです。
また、たなべ未来創造塾2期生の農家、野久保さんとコラボし、廃棄する鰻の骨を活用した肥料を作り、畑へ戻し、剪定した梅の木や枝などをチップにして、鰻の燻製をつくるなど、お互いの廃材を活用・循環させることで価値を高め、まさにSDGsを実践しています。

こうした取組が共感を生み、テレビや媒体で紹介されるとともに、令和元年度のプレミア和歌山においては特別賞(最高賞)を受賞するなど高い評価を受けています。

また、「紀州南高梅ひつまぶし」はもちろんのこと、メインの蒲焼きの売上げも向上し、しっかりと企業利益へとつながっているといいます。

太田さんの話しを聞いて、これまで相性が悪いと言われてきた組み合わせでも、一歩踏み込んでお互いの課題から考えることで素晴らしい組み合わせに変えることができると実感することができました。
課題の中には、ビジネスチャンスがたくさん眠っているということなのでしょう。

講義 シェフが創る地域の循環~地域の調理方法と未来設計~

講師 Restaurant Caravansarai 更井亮介 氏(4期生)

更井さんは、高校を卒業後、料理人を目指し、調理師専門学校を経て、帝国ホテルのシェフとなりました。

しかし、もっと生産者に寄り添う料理を作りたいという思いから長野県のフランス料理店へと移籍し、生産者と向き合いながら修行を重ね、全国ジビエ料理コンテストで最優秀賞を受賞するなど、素晴らしいキャリアを積んできました。

こうした中、地域の農家でチームを結成し鳥獣害対策に取り組むたなべ未来創造塾1期生の岡本さんから、上芳養地区で「ジビエを知る会」を開催するにあたり、調理の協力を要請されました。
その際、シェフを探していたtheCUE(ゲストハウス&シェハウス&カフェバー)のオーナーでたなべ未来創造塾1期生の中村さんと偶然の出会い。このことがきっかけでUターンして、なんとtheCUEのシェフとなり、ジビエバーガーなどの地域食材を活用した数々の料理の開発を手掛けてきました。

その後、たなべ未来創造塾4期生へ。令和2年3月には50年前に祖父が建てた梅蔵をリノベーションし、農村地域である上芳養地区についに「Restaurant Caravansarai」をオープンさせました。
更井さんは、岡本さん(前述)を代表とする(株)日向屋のジビエを活用した料理を提供、レストランで出た生ごみは堆肥化(コンポスト)して畑へ戻す地域循環型レストランを実践しています。こうした取組みも評価され、ミシュランガイドに掲載されるとともに、ビブグルマンとグリーンスターを獲得。他にも、県内の小中学校や高校、和歌山大学などにも上芳養地域の取組みやジビエの活用などの食育の授業も行い、食育表彰を受賞しています。

また、新型コロナで大きな影響を受けている“酒屋”を守りたいとたなべ未来創造塾1期生の堀さんとコラボし、日本酒「交」付きオードブルを販売したり、地域の身近な困りごとを解決できないかと、農繁期の梅農家の家事負担軽減のために空き家を活用した弁当販売を始めたり、梅雨時期に洗濯ものが乾かないという困りごとを抱える農家がいることに着目し、たなべ未来創造塾4期生でガス屋の鈴木さんとコラボ、コインランドリーを設置するなど、地域から必要とされるサービスを次々に提供してきました。

さらに、「梅の種杏仁豆腐」の開発へ。
今度は、廃棄されている梅の種を活用しようとしています。

更井さんは、一料理人が「人口減少」という壮大な地域課題に立ち向かうことは難しいかもしれない。しかし、そこから派生する身近な困りごとを解決することはできるし、その中にビジネスチャンスがあると思っていると話してくれました。

また、この先10年後を見据え、地域にはどのような困りごとが生じるのかを考えていくことが結果として、地域から必要とされ、従来のシェフの枠組みを超えた存在になるのではないか。レストランを核としながら、弁当販売やコインランドリー、特産品開発、父が経営する梅加工業の事業承継など、他の事業者ともコラボしながら、バリューチェーンを強化し、少しでも多くの身近な困りごとを解決していきたいと語りました。
「シェフが創る地域の循環」に向けた挑戦は、今後がますます楽しみです。